婚費算定における無職の義務者の収入について
婚姻費用・養育費
1 はじめに
本コラムでは、婚費の支払義務者が無職である場合の婚費算定における、義務者の基礎収入の取扱いについて解説いたします。
2 失職した義務者の収入を潜在的稼働能力に基づき認定されることの可否
養育費算定における失職した義務者の収入の認定について判断した裁判例(東京高決平成28年1月19日・判タ1429号129頁)は、原審が失職した義務者の収入について、賃金センサスを参考に失職前の収入が得られたはずである旨判示したのに対し、
①「養育費は、当事者が現に得ている実収入に基づき算定するのが原則であり、義務者が無職であったり、低額の収入しか得ていないときは、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに単に労働意欲を欠いているなどの主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される場合に初めて、義務者が本来の稼働能力(潜在的稼働能力)を発揮したとしたら得られるであろう収入を諸般の事情から推認し、これを養育費算定の基礎とすることが許されるというべきである」と判示するとともに、
②「主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮していないものであり、相手方との養育費分担との関係で公平に反すると評価されるものかどうか、また、仮にそのように評価されるものである場合において、抗告人の潜在的稼働能力に基づく収入はいつから、いくらと推認するのが相当であるかは、抗告人の退職理由、退職直前の収入、就職活動の具体的内容とその結果、求人状況、抗告人の職歴等の諸事情を審理した上でなければ判断できないというべきである」として判示しました。
上記①によれば、失職者の収入認定につき、潜在的稼働能力に基づくことが許される条件として、「就労が制限される客観的、合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず、そのことが養育費の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される」ことが条件となります。これは、婚費についても同様のことがいえると思われます。
上記②によれば、上記①の条件充足の有無、及び充足するとしてその収入の具体的算定方法の検討に際しては、義務者の「退職理由、退職直前の収入、就職活動の具体的内容とその結果、求人状況、義務者の職歴等の諸事情」を考慮すべきことになります。これは、婚費についても同様のことがいえると思われます。
3 強制執行を回避するために義務者が退職して無職となった場合
養育費支払義務者が、勤務先退職後に養育費免除を申し立てた事案について判断した裁判例(福岡家審平成18年1月18日・家月58巻8号80頁)は、養育費請求審判時点で義務者が退職してでも抵抗する旨記載した書面を提出していたこと、及び養育費免除審判において退職理由について強制執行に納得できなかったためである旨陳述していたことを認定したうえで、義務者において稼働能力を有していると認められること、及び一度も任意に養育費を支払わず強制執行を免れるために退職した義務者が収入を得ていないことを前提として養育料を免除するのは相当ではないとして、「申立人が潜在的稼動能力を有していることを前提として、勤務を続けていれば得べかりし収入に基づき、養育料を算定するのが相当である」旨判示しました。
同裁判例によれば、退職後の義務者の基礎収入について、退職前の勤務先での収入を基礎とすることになりますが、これは婚費についても妥当するものと思われます。
もっとも、かかる判断の前提として、退職理由が強制執行を回避によるものであること、及び一度も任意に養育費を履行していないことが認定されている点は留意する必要があります。
4 小括
以上のとおり、婚費算定において義務者が無職であっても、一定の条件下では、潜在的稼働能力に基づきその収入を認定し得ることになります。
弁護士: 土井 將