財産分与と建物明渡し請求

財産分与

1 はじめに

夫婦の一方が自宅不動産の所有権を有していた場合、所有権のない他方の配偶者に対して建物明渡請求をすることはできるでしょうか。裁判例では、この点の明渡請求の可否について、明渡請求時期、当事者間の暴力や嫌がらせ等の事情、双方の建物使用の必要性に関する事情等によって、異なる判断をしています。

2 離婚前

まず、離婚前に明渡請求を求めた場合について解説します。

以下の徳島地裁の裁判例等によると、所有者ではない配偶者であっても、夫婦間の相互扶助の原則上、同居の権利を有しており、自宅を使用する権限を有しているとされます。
明渡請求を受ける側において、自宅を使用する権限を有している場合には、明渡請求は基本的に認められないため、離婚前に所有権を有しない他方配偶者に対して明渡請求を行うことは原則的に難しいところです(①の部分)。
一方で、以下の徳島地裁の裁判例では、自宅が営業拠点ともなっていたところ顧客や従業員にも嫌がらせ等があり、かつ、自宅の所有者側の配偶者に対する暴力等もあったこと等を認定して、結論として建物明渡請求を認めています(②の部分)。

【徳島地裁昭和62年6月23日判決】
①「民法七五二条は夫婦の同居義務を定めているが、右は多分に倫理的、道徳的な側面を有するとともに、夫婦として居住の場を同じくし、協力、扶助の夫婦共同生活の実をあげることにその趣旨があり、特定の場所についての占有権限を直接に根拠づけるものではない。
 しかし、夫婦の一方が所有権に基づいて所有権のない他の一方に対して明渡しを求める場合、右明渡しを求める住居がそれまでの夫婦共同生活の本拠であつたときは、法律上の婚姻関係が存続している以上、明渡し請求を正当とすべき特段の事情がない限り、他の一方は右民法の定める夫婦の同居義務を根拠に明渡しを拒むことができると解すべきであり、右婚姻が実質的に破綻しているというだけでは直ちに明渡しを求める理由となし得ないというべきである。」

②「多数回にわたり原告に暴力を加えて何度かかなりの怪我をさせた。また、原告が三〇余年にわたつて築いてきた○○洋装店の営業につき、顧客に嫌がらせをし、あるいは、従業員に脅迫や嫌がらせをして退職させるなどして、その経営を危殆に瀕せしめている。」
「原被告間の婚姻関係はなお存続しているけれども、原告は被告に対し直ちに本件建物からの退去明渡しを求め得る特段の事情があるというべきであり、原被告間の婚姻関係がなお存続しているからといつて、右退去明渡し請求を拒むことはできない。」

3 離婚後、財産分与後

一方で、所有権のない配偶者に認められる使用権限は、婚姻の解消とともに当然に消滅するものと解されていますので(東京地裁昭和28年4月30日判決)、離婚後は原則として建物明渡請求が認められることになります。

4 離婚後、ただし財産分与前

ただし、離婚後でも財産分与前の場合には、所有権のない配偶者に認められる使用権限が離婚によって消滅していたとしても、近々財産分与申立事件の審判がくだされる見込みであること等から明渡請求が「権利濫用」として認められないと判示した裁判例(以下、札幌地裁の判決ご参照)もあります。
一方で、裁判所は「権利濫用」における判断では、特に諸事情を考慮するところ、以下の東京地裁の裁判例では、当事者双方の自宅に居住する必要性や当事者間の嫌がらせ等の背景事情を考慮し、財産分与前であっても明渡請求が認められる旨、判示しています。

【札幌地裁平成30年7月26日判決】明渡請求否定
「婚姻期間中に形成された財産関係の離婚に伴う清算は財産分与手続によるのが原則であるから、本件マンションの帰趨は財産分与手続で決せられるべきであり、このことは本件マンションの住宅ローンの負債額が原告及び被告の総資産額の合計を上回っている場合であっても変わらない。このような意味で、被告は、財産分与との関係で、本件マンションの潜在的持分を有しているところ、当該持分はいまだ潜在的、未定的なものであっても財産分与の当事者間で十分に尊重されるべきである。よって、原告が、近々財産分与申立事件の審判が下される見込みである中(上記前提事実(5)オ)、同手続外で本件マンションの帰趨を決することを求めることは、被告の潜在的持分を不当に害する行為と評価すべきであり、権利濫用に当たる。」

【東京地裁令和3年1月28日判決】明渡請求肯定
「被告は,本件建物の近隣にある実家を相続しており,本件建物以外に無償で住む場所があること,長男は裁判離婚時には社会人になっており,現在は本件建物を出て独立した生活をしており,二男も裁判離婚当時高校2年生で現在は大学に進学し,1年以内には成人することから,被告が子らの養育のために本件建物に起居しなければならない理由はないこと,被告は,婚姻前後の給与等の収入,原告からの婚姻費用,被告の父の設立した会社からの約2500万円の給与名目の収入等を得ているほか,実家の1階及び2階を賃貸していることによる賃料収入(月額約40万円)も得ていること,他方で,原告は,現在実家で起居しているものの,長期間居住できない状況にある上,実家から勤務先への通勤が不便であること,原告は,年間約1230万円の所得金額があるものの,本件不動産のローンや諸経費を全額負担しており,その支払を続けながら,別途居住場所を賃借する経済的余裕はないこと,その他の事情として,被告は,離婚成立後海外赴任から戻ってきた原告を侮辱し,原告への生理的嫌悪感等を理由に,原告を本件建物から追い出そうとするかのような嫌がらせ行為を繰り返し,令和2年3月末には原告の本件建物での在宅勤務及び居住を困難ならせしめたこと,などの事情が認められる。
 以上の事情に鑑みれば,原告と被告の間では財産分与の調停事件が係属中であることを踏まえても,原告の被告に対する本件建物の明渡請求や離婚後から本件建物明渡済みまでの賃料相当損害金請求を,権利の濫用ということはできない。」

5 終わりに

所有権を有する側としては、夫婦関係が破綻してしまうと、所有権を有しない側に所有不動産から出ていってほしいと思うこともあるでしょう。上記のとおり、事案によって建物明渡請求が認められるかは変わってきますので、詳細は弁護士にご相談ください。

弁護士: 立野里佳