財産分与と未払いの婚姻費用

財産分与

1 問題の所在

  婚姻費用分担額は、夫婦間の協議により決めることができますが(民法752条、760条)、夫婦間の協議ができなければ、裁判所の審判により決定されます(家事事件手続法160条)。したがって、配偶者から生活費を渡してもらえなくなった場合、相手方に対して速やかに婚姻費用の請求を行って協議し、協議ができなければ裁判所に調停又は審判を申し立てる必要があります。
 こうした婚姻費用の調停や審判を申し立てずに離婚の手続を進めてしまっている場合、受け取ることができていない過去の婚姻費用を受け取ることはできないのでしょうか。

2 財産分与として考慮することが可能

  婚姻費用の協議ができていないにもかかわらず婚姻費用の調停や審判の申立てをせずに離婚の手続だけが進んでしまっている場合であっても、実務上は、離婚の際の「財産分与」の分与額を決めるに際し、これまで婚姻費用が支払われていないことを考慮することができるとされています。法的には、財産分与の額や方法を決めるのに考慮される「一切の事情」(民法768条3項)の中に、「未払いの婚姻費用が存在する」という事情も含まれるという形で整理されます。また、「財産分与において「離婚前の婚姻費用」を考慮することができるということ自体は最高裁判所の判例で認められていますが(最判昭和53年11月14日民集32巻8号1529頁)。
 以下では、財産分与において未払いの婚姻費用を考慮することが問題となった裁判例をご紹介します。

(1)東京地判平成9年6月24日判タ962号224頁

  ある時期から婚姻費用として支払われる金額が一方的に減額されたという事案で、当該減額により未払いが生じている婚姻費用のうちの一部を財産分与の金額に加算して支払うことが命じられました。

婚姻関係が破綻した後においても、婚姻費用分担請求権は認められるものであるから、離婚に際しての財産分与において、未払婚姻費用を考慮することは可能である。・・・但し、婚姻費用分担は、本来は婚姻関係を継続することを前提としたものであるから、婚姻関係が破綻して離婚訴訟が係属している場合には、その金額の算定に当たっては考慮が必要である。」
「具体的な算定方法は、別紙婚姻費用計算書(認定分)のとおりであり、A(=夫)が負担すべき婚姻費用は、平成8年12月までで1798万円となり、この間の既払額が月10万円で合計630万円であるから、未払額は1168万円となる。」
「B(=妻)が取得すべき財産総額は、平成3年10月当時の夫婦財産の半額である2382万5000円に、未払婚姻費用相当額1168万円を加算し、これに扶養的要素を考慮して、3650万円とするのが相当である。」

 

(2)東京家裁平成19年8月31日家月61巻5号55頁

 未払いの婚姻費用が発生していること自体が認められた事案で、以下の通り、別居中の夫婦双方の生活状況を考慮し、財産分与において、未払いの婚姻費用を清算する形での「清算的」財産分与は認められないと判断されました。

「被告は,別居期間中の未払い婚姻費用の清算を求めているところ,確かに,原告は被告に対し別居後平成17年●月分までの婚姻費用の支払はないが,前記認定のとおり,原告は,3人の子を監護養育し,その学費,生活費のすべてを負担しており,現在も二男と同居して生活し,その学費,生活費等を負担しているのであって,平成16年までは被告にも収入があったこと,△△の実家や××の長女方に住み住居費はかかっていないこと,・・・清算対象となる夫婦共有財産は認められないことなども考え併せると,未払婚姻費用の清算として財産分与を考えることはできない。」

  このように「清算的」財産分与として未払いの婚姻費用を清算することは認められませんでしたが、「被告は腰痛等の持病があることなどから現在働いておらず,長女方で世話になっているのに対し,原告は相続した遺産のほか相当額の収入があり,両者の経済的状況の差は著しい」といった夫婦間の離婚後の経済的格差を踏まえ、本裁判例では、以下の通り、婚姻費用3年分の「扶養的」財産分与の支払いが命じられています。

「以上のとおり,清算的な財産分与を考えることは困難であるが,前記認定のとおりの両者の現在の経済的状況の格差や就労能力等に照らし,本件では扶養的な財産分与を考える必要がある。平成17年×月×日に成立した調停により,原告は被告に月額14万円の婚姻費用を支払うことが合意されていることを踏まえ,離婚成立後もなお3年間は同等の経済的給付を保障することが相当である。」

弁護士: 相良 遼