財産分与と錯誤
財産分与
1 財産分与の分与者による課税に関する錯誤を理由とする錯誤無効の余地を認めた判例
最判平成元年9年月14日・判時1336号93頁は、離婚に際しての財産分与として、夫が妻に対して、自身の特有財産であり、目ぼしい唯一の財産である不動産を譲渡したものの、かかる財産分与について妻ではなく自身に譲渡所得税が課税されること(詳細は別コラム「財産分与に伴う課税」参照)につき錯誤があった事案について、「本件財産分与契約の際、少なくとも上告人において右(譲渡所得税課税に関する錯誤)の点を誤解していたものというほかはないが、上告人は、その際、財産分与を受ける被上告人に課税されることを心配してこれを気遣う発言をしたというのであり、記録によれば、被上告人も、自己に課税されるものと理解していたことが窺われる。そうとすれば、上告人において、右財産分与に伴う課税の点を重視していたのみならず、他に特段の事情がない限り、自己に課税されないことを当然の前提とし、かつ、その旨を黙示的には表示していたものといわざるをえない。そして、前示のとおり、本件財産分与契約の目的物は上告人らが居住していた本件建物を含む本件不動産の全部であり、これに伴う課税も極めて高額にのぼるから、上告人とすれば、前示の錯誤がなければ本件財産分与契約の意思表示をしなかったものと認める余地が十分にあるというべきである。」と判示したうえで、錯誤無効(令和2年改正前民法95条)の成否についての審理不尽があるとして、同事案を原審に差し戻しました。
2 上記判例の差戻審における判断
差戻審(東京高判平成3年3月14日・判タ790号108頁)は、上記事案における、夫側の令和2年改正前民法95条但書の重過失の有無について、概要、以下の事実関係を認定したうえで、重過失はないとし、錯誤無効を認めました。
- 夫が四年生大学経済学部を卒業後、銀行に入行していたものの、その間特に法務や税務を専門とする仕事についた経験はなかったこと。
- 財産分与の分与者への譲渡所得税課税は、最三小判昭和50年5月27日以降の判例実務であるが、法律専門家の間においても賛否両論であり、少なくとも通常一般人においてその理解は必ずしも容易でないこと。
- 夫は、財産分与をめぐる課税について自ら調査検討し、又は専門家に相談しなかったものの、その経緯としては、妻から突然の離婚の申入れを受け、数日間家にこもって考えた上ですぐにこれに応じ、財産分与を承諾したのであること。
3 上記事案を踏まえた財産分与における注意点
上記事案に鑑みれば、相手方において財産分与について要素の錯誤がある場合には、後に財産分与の錯誤取消し(現行民法95条)が主張され得ることになるので注意が必要です。
他方で、上記事案における所得税課税に関する錯誤は、差戻審の上記判断に対する専門家の反対意見もあるうえに、既に財産分与における不動産分与者への課税が判例実務として長年定着していることに鑑みれば、この令和の時代には認められない可能性も十分にあります。
いずれにしても、財産分与については、離婚時の清算的側面を有するにもかかわらず、錯誤の存在等を理由に後日の紛争となることがないよう、法的側面及び税務面の双方について、専門家に相談することをお勧めします。
弁護士: 土井 將