財産分与の分与額を決定する際に考慮される「一切の事情」
財産分与
1 はじめに
本コラムでは、財産分与の基準時における財産中に、特有財産(=夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産(民法762条1項))部分の存在を証拠上認めることができない場合において、夫婦の一方が多額の財産を相続していた事情を「一切の事情」(民法768条3項)として考慮し、財産分与の額を定めた裁判例をご紹介いたします。
2 前提①-特有財産の立証責任
詳しくは、こちらのコラムでも説明していますが、特有財産かどうか明らかでない財産については、夫婦共有財産と推定されるため(民法762条2項)、当該財産が特有財産であると主張する側において、それが特有財産であることの主張立証責任を負うとするのが確立した判例実務です。
3 前提②-預貯金はその流動性ゆえ特有財産であることの立証が困難であること
婚姻前から有していた預貯金が特有財産であるとの主張はよくなされますが、普通預金はその性質上入出金が頻繁になされることから、婚姻前から有していた預貯金は、婚姻後に得た収入と渾然一体となるため、多くの場合、婚姻前から有していた預貯金の特有財産性について立証できず、結果、基準日時点における預金残高全額が財産分与の対象となります(婚姻期間が著しく短い場合、定期預金の場合、普通預金であっても婚姻後ほとんど入出金がなされていなかった預金の場合等についてはこの限りではありません。)。
4 東京高決令和4年3月25日判タ1510号200頁
夫婦の一方が、自己名義の財産である預金の一部に、相続財産が含まれているとして、当該相続財産について特有財産性を主張したものの、相続財産の特有財産性について(当該相続財産が残存していることについて)十分に立証がなされなかった事案において、東京高決令和4年3月25日は、
「もっとも、抗告人の相続した2882万7500円の預金は高額であり、相手方には収入がなく、一方で抗告人の基準日までの収入に照らして、同相続預金の取得は、後記(3)の番号2-6の預金において考慮する部分を除き、資料上は特定できないものの、基準日における抗告人名義の財産を増加させ、あるいはその費消を免れさせたものと推認できるから、それを本件における財産分与において、合理的な範囲で考慮するのが相当であるので、後記認定のとおり、上記相続預金の取得の事実を財産分与における一切の事情として考慮することとする。」として、「一切の事情」(民法768条3項)を考慮した結果、原審に比して夫婦共有財産を882万円少なく認定しました。
弁護士: 林村 涼