財産分与前に配偶者がその所有不動産を勝手に売却することを止めるには?
財産分与
- はじめに
一般に、不動産に対する処分としては、仮差押えと係争物に関する仮処分が考えられます。
前者は金銭債権の強制執行を保全することを目的とする手続、後者は物の給付請求権(物の引渡し請求権、移転登記手続請求権など)の強制執行を保全するために目的物の現状を維持する処分(以下、「処分禁止の仮処分」といいます。)です。
配偶者が、財産分与前に配偶者所有の不動産を勝手に売却しそうな場合には、どちらの手続が有用でしょう。
- 手続の概要
仮差押えも処分禁止の仮処分も、被保全権利(財産分与請求権、慰謝料請求権、移転登記手続請求権など)と保全の必要性(本案訴訟の判決がなされる前に暫定的な措置を講ずることを必要とする事情)がなければ、発令されません。被保全権利については、婚姻の経緯、離婚原因の存在、同居中に夫婦の協力によって形成された財産の内容、財産形成についての寄与度など、民法768条3項に明記された各要素を意識して、被保全権利の存在を基礎づける必要があります。
なお、その他の各手続の概要の違いは、以下のとおりです。
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仮差押え |
処分禁止の仮処分 |
担保の額[1] |
固定資産評価額の15~30% |
固定資産評価額の10~20% |
保全の必要性[2] |
金銭債権の執行が不能または著しく困難になる恐れがある場合 |
係争物を譲渡する恐れがある場合 |
効果 |
仮差押えの登記がなされ、処分が禁止され、当該財産について得た所有権等の権利は存在しないものとして扱われる。 |
処分禁止の登記をすることによって(53条1項)、この登記の後に登記された権利の取得は対抗できず、処分禁止の登記に抵触する登記を抹消することができる(58条)。 |
登録免許税[3] |
固定資産評価額の1000分の4 |
固定資産評価額の1000分の4 |
- 仮差押えと比べた際の処分禁止の仮処分のハードル
冒頭のとおり、仮差押えは、金銭債権を保全するための手続である一方で、処分禁止の仮処分は、当該物(不動産など)の給付請求権を保全するためのものです。したがって、当該物を財産分与に基づいて取得できる蓋然性がなければ発令されません。財産分与によって配偶者所有の不動産を取得するためには、自身が当該不動産の取得に大きく貢献したことや、自宅不動産であれば今後の生活上不可欠であること、不動産の取得だけでなく維持においてあなたの貢献が大きいこと、財産分与の額に照らして当該不動産が現物分与される可能性が高いことを示す必要があります。
配偶者が当該不動産以外に不動産を所有していない場合で、当該不動産の取得についてあなたの寄与が疎明された場合、所有権の2分の1について処分禁止の仮処分が認められる例もあります。もっとも、財産分与の対象となる財産が当該不動産しかない場合、最終的には離婚判決においてその時点の時価2分の1に相当する金銭が財産分与されるだけのことも多いです。著名な文献には、処分禁止の仮処分はできず、当該不動産の時価2分の1相当の財産の仮差押えのみできるとするものもあります(秋武憲一ほか「離婚調停・離婚訴訟」(4訂版)95頁)
- 被保全債権ごとの分類
なお、少し話は逸れますが、離婚事件における保全の対象ごとに手続があります。
- 婚姻費用
婚姻費用の仮払いの仮処分(仮の地位を定める仮処分)を申し立てることになります(家事157条1項2号)。保全処分を求める事由には本案認容の蓋然性と保全の必要性が含まれます。
婚姻費用分担調停が家裁に係属していることを前提に、例えば夫婦双方の収入、相手方配偶者が婚姻費用を支払っていないことなどを主張し、本案認容の蓋然性を基礎づけます。そのうえで、保全の必要性として、「強制執行を保全し、又は子その他の利害関係人の急迫の危険を防止するため必要がある」といえるように、当方の稼働能力等を示して困窮していることを明らかにし、配偶者所有の不動産に対する仮差押えの必要性を基礎づける必要があります。
- 離婚と同時にする財産分与請求
財産分与請求権を被保全権利として保全処分の申立てをすることができます(人事訴訟法上の保全処分(30条))
※審判前の保全処分は、家事事件手続法別表第2の財産分与に関する調停・審判ではなく、一般調停である離婚調停に付随して財産分与を請求しているに過ぎないので、家事審判手続における審判前の保全処分は利用できないことに注意が必要です。
- 不貞行為に対する慰謝料請求権
離婚訴訟と併合して行う場合(人訴17条1項)、保全処分申立て(人訴30条)を利用することになり、慰謝料請求のみを行う場合、民事保全の仮処分(民事保全法12条1項)を利用することになります。
- 離婚後の財産分与請求権の保全
審判前の保全処分(家事105条、157条1項4号)を利用することになり、財産分与としての金銭の給付を確保する仮差押え、または、自宅不動産として使うなど現物の給付を確保するための処分禁止の仮処分の2つが考えられます。
(婚姻等に関する審判事件を本案とする保全処分)
第百五十七条 家庭裁判所(第百五条第二項の場合にあっては、高等裁判所。以下この条及び次条において同じ。)は、次に掲げる事項についての審判又は調停の申立てがあった場合において、強制執行を保全し、又は子その他の利害関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときは、当該申立てをした者の申立てにより、当該事項についての審判を本案とする仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができる。
一 夫婦間の協力扶助に関する処分
二 婚姻費用の分担に関する処分
三 子の監護に関する処分
四 財産の分与に関する処分
- 終わりに
離婚における請求権が金銭の請求権であるか、物(不動産)の請求権であるか次第で利用する保全手続が変わります。後者の場合、離婚に伴う財産分与において、確実に取得できることまで立証する必要があるため、単に不動産売却を阻止するためであれば、仮差押えが有用です。
以上
[1] 司法研修所編『民事弁護教材 改訂 民事保全 補正版』29頁、30頁。なお、日弁連家事法制委員会編著「家事事件における保全・執行・履行確保の実務(第2版)」67頁では、通常の民事保全よりも低額になることが多く、申立債権額(財産分与請求権や慰謝料請求権など)の1割程度で認められるケースもあるとされます。
[2] 上原敏夫他「民事執行・保全法」(有斐閣 第7版)300頁
[3]「保全事件の発令まで」 裁判所HP
https://www.courts.go.jp/tokyo/saiban/minzi_section09/hozen_ziken_haturei/index.html
弁護士: 岡本共生