退職金を婚姻費用・養育費算定の基礎となる収入として扱うか
婚姻費用・養育費
1 はじめに
家庭裁判所の実務上、婚姻費用・養育費は、父母双方の収入を考慮して算定されますが、本コラムでは、「退職金」を婚姻費用・養育費算定の基礎となる収入として扱うか、という論点を扱います。退職金は通常多額ですので、退職金を収入として扱うか否かは、結論に大きな影響を与えることになります。
2 審判例
本論点に関する審判例を紹介します。
まず、養育費減額の審判例(大阪高等裁判所令和5年3月24日)ですが、義務者が定年退職し、退職金を受領後、退職前と同じ勤務先で継続雇用され一定の収入を得ている事例において、義務者が支給を受けた退職金が、養育費算定の基礎となる収入として扱われるか否かが争点となりました。裁判所は、「退職金は給与そのものではないことや給与や年金等のような継続的な収入ではないことからすると、これを直ちに養育費支払の原資とみることは相当とはいえない上、退職金については、夫婦間において離婚に伴う財産分与において精算されるべきもので、本件においても…退職金の相応部分を抗告人に取得させる内容の財産分与がされていると認められること」を考慮して、義務者が支給を受けた退職金を養育費算定の基礎となる収入に含めることは相当ではないと判断しています(なお、同審判例では、子の利益の観点から、退職金の支給を受けていることは、養育費減額の程度を検討するに当たり事情として考慮することができるとして、本事例では、定年退職後の養育費支払いにあたり退職金の一部をその原資として充てることが相当と判断しています。子の利益の観点から、養育費の減額割合を一定程度にとどめるための配慮がなされたと言えます。)。
この審判例は、過去の離婚に伴う財産分与として退職金が精算されている事例において、さらに義務者の退職時に支給された退職金を収入として考慮できるかという特殊な事例ですが、原則としては、「退職金は収入として扱わない」という判断を示した審判例といえます。
他方、他の審判例では、義務者が退職し無職の事例で、養育費の算定に際し退職金があったのか等の審理をしないまま審判を下した結果、審理不十分として、原審に差し戻しを命じたものや(大阪高裁平成6年4月19日)、退職金を考慮して婚姻費用の分担額を定めたものがあり(大阪高裁平成18年7月18日)、これら審判例は、「退職金を収入として扱う」ことを前提としていると考えられます。
両者は一見矛盾する判断を示しているかのように思えますが、事案として、「退職後、義務者が退職金を生活費に充てる必要があるか(退職後、義務者に定期収入があるか)」という点に差異があり、それが判断を分けるポイントとなっているのではないかと考えられます。つまり、婚姻費用・養育費は、総収入のうち生活費として費消している金額(基礎収入)を基に算定されますが、義務者が退職後、定期収入がない場合には、義務者は退職金を切り崩して生活しているのが自然であり、その切り崩している退職金は、まさに生活費として費消している金額と言えることから、このようなケースでは、退職金は養育費算定の基礎となる収入として扱うべきである、との結論になるのではないかと考えられます。この点について、義務者が資産をどの程度保有し、そこからどの程度生活費として費用しているかを解明しなければ養育費を算定することは困難と判断した審判例があり(東京高等裁判所令和2年11月27日)、左記の考え方と親和性が認められるのではないでしょうか。
ただ、以上のような考え方では、退職金の受領方法によって不均衡が生じるのではないかという疑問は避けられないかと思います。例えば、退職時に退職金の一括給付を受ける代わりに、毎月の給与に退職金の前払い分を加算して給付を受けている場合では、毎月の退職金の前払い分は収入として扱われるのが通常と考えますが、他方、退職時に一括給付を受けた場合には、その一括給付を受けた退職金は、収入として扱われない可能性があり、受領方法によって不均衡が生じるように思えます。今後の審判例の蓄積が待たれます。
3 学説
著名な見解(後掲・松本)としては、義務者が退職し、退職金を取り崩して生活している場合においては、月々取り崩した退職金の平均額と年金の合計額を総収入とするとの見解が示されています。義務者が退職金を生活費として費消している場合には収入として扱う見解と考えられます。
■参照文献
松本哲泓「婚姻費用・養育費の算定実務」(新日本法規)42頁
弁護士: 谷 貴洋