離婚の財産分与に税金はかかるのか ──「渡す側」の落とし穴
離婚
1 はじめに
離婚に伴う財産分与のご相談をお受けする中で、意外なほど見落とされがちなのが「税金」の問題です。
財産分与は夫婦が築いた財産を清算する手続ですから、当事者の関心はどうしても「いくら受け取れるか」「自宅を残せるか」に向かいます。しかし、分与の内容が固まった後になって多額の税負担が判明し、当初想定していた経済的な結果が大きく崩れてしまうことがあります。
特に注意していただきたいのは、財産分与では「財産をもらう側」ではなく「財産を渡す側」に税金がかかる場合があるという点です。一般的な感覚とは逆であるため、専門家の関与なく協議を進めた結果、数千万円、事案によっては億単位の想定外の課税が生じた例も報告されています。
本コラムでは、財産分与でどのような場合に税金がかかるのかを整理したうえで、税負担を知らずに分与してしまった場合の救済について、実務上の予防策を解説いたします。
2 「もらう側」は原則として非課税
まず、財産分与を受けた側についてです。財産をもらったのだから贈与税がかかるのではないか、と心配される方が多いのですが、財産分与によって取得した財産には、原則として贈与税は課されません。
これは、財産分与が贈与ではなく、民法768条に基づく財産分与請求権という法律上の権利の実現として行われる給付であることによります。
例外として下記2つの場合が挙げられます。
①分与された財産の額が、婚姻中の夫婦の協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮してもなお過当であると認められる場合には、その過当な部分について、
②離婚が贈与税・相続税の負担を免れることを手段として行われたと認められる場合には、離婚により取得した財産の全部について、
贈与により取得した財産として扱われてしまいます。
以上のとおり、例外的な場合に注意は必要ですが、財産分与によって取得した財産は、原則として非課税となります。
3 落とし穴──「渡す側」に譲渡所得税がかかる
問題は、財産を渡す側です。不動産や株式など、値上がり益(含み益)のある資産を財産分与として渡した場合、渡した側に譲渡所得税・住民税が課されます。
この結論は最高裁昭和50年5月27日判決(民集29巻5号641頁)が示したものです。
同判決は、所得税法33条1項の「資産の譲渡」とは有償・無償を問わず資産を移転させる一切の行為をいうと解し、財産分与として不動産を譲渡した者は「離婚によって負担した財産分与義務の消滅という経済的利益」を得ているのだから、対価を伴う譲渡と同様に課税されると判断しました。
つまり、現金を受け取っていなくても、「分与義務がなくなった」という利益をもって対価とみなされるわけです。
もっとも、実際に課税されるかは資産の内容次第です。
・現金・預貯金の分与や年金分割には譲渡所得課税は生じません。
・中古不動産のように取得時より値下がりしている場合は譲渡損となり、課税は生じません。
・他方、相続で取得した土地や創業以来保有する自社株のように取得費が低く含み益が大きい資産は、税額が極めて高額になり得ます。
4 税負担を知らずに分与してしまったら──最高裁平成元年9月14日判決
では、自分に課税されると知らないまま財産分与に合意してしまった場合、その合意をやり直すことはできるのでしょうか。
この点を扱った重要な判例が、最高裁平成元年9月14日第一小法廷判決(判例時報1336号93頁)です。
事案は次のようなものでした。
夫は妻から突然離婚を申し入れられ、数日間考えた末、自身が相続により取得した事実上唯一のめぼしい財産である不動産のすべてを財産分与として妻に譲渡する旨の協議書に署名しました。夫は、この分与によって自分に課税されることはなく、むしろ不動産を受け取る妻に税金がかかると考えており、妻に対して「これから支払う税金」を気遣う発言までしていました。ところが離婚後、夫は職場の上司から、自分に約2億円の譲渡所得税が課されることを知り、財産分与は錯誤により無効であるとして提訴したのです。
第一審・控訴審は、課税の有無は動機にすぎず、それが表示されていなかったとして夫の請求を退けました。しかし最高裁は、夫が課税の点を重視していたうえ、「他に特段の事情がない限り、自己に課税されないことを当然の前提とし、かつ、その旨を黙示的には表示していたものといわざるをえない」と述べ、また分与の対象が居住建物を含む不動産全部であり課税額も極めて高額であることから、「前示の錯誤がなければ本件財産分与契約の意思表示をしなかったものと認める余地が十分にある」と判示しました。
注目すべきは、動機が「黙示的に」表示された場合でも法律行為の内容となり得るとした点です。差戻後の東京高裁平成3年3月14日判決は、夫が大学の経済学部を卒業して銀行に勤務していたものの法務・税務の専門的経験はなく、財産分与に対する譲渡所得課税は法律専門家の間でも議論があって一般人には理解が容易でないこと、突然の申入れから短期間で応じた経緯などを踏まえ、重大な過失を否定して錯誤無効を認めました。
ただし、この判例を安易に頼るのは危険です。当時は昭和59年の出来事であり、譲渡所得課税の取扱いが広く知られている現在では、同種の事案で「重大な過失がなかった」と判断されるとは限りません。とりわけ会社経営者など税務への知見が推認されやすい立場の方については、錯誤の主張が認められない可能性が十分にあります。あくまで事後的な救済の可能性を示した判例と理解し、予防に力を注ぐべきです。
また、令和2年4月1日施行の改正民法95条は、錯誤の効果を「無効」から「取消し」に改めました。効果が取消しに変わったことにより、取消権は追認をすることができる時から5年、行為の時から20年で消滅します(同法126条)。改正前の錯誤無効には期間制限がなかったため、期間管理という新たな注意点が生じている点にご留意ください。
5 おわりに
財産分与における課税の問題は、合意が成立してからでは修正が困難です。平成元年最判が示したように事後的な救済の余地はありますが、そのハードルは決して低くありません。だからこそ、協議に入る前の段階で税負担の見通しを立てておくことが何より重要です。
当事務所では、離婚に関する交渉・調停・訴訟のご対応に加え、不動産や自社株を含む財産分与についても、税務面を踏まえた検討を行っております。財産分与の内容やその進め方についてご不安な点がございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。
弁護士: 李世輝


